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サプライチェーン人権DDにおける「見えない」サプライヤー:Tier N特定・関与の実践的課題とアプローチ

Tags: サプライチェーン, 人権デューデリジェンス, リスク評価, Tier N, サプライヤーエンゲージメント, 可視性, CSDDD

人権デューデリジェンス(人権DD)において、自社から直接的な契約関係がないサプライヤー、いわゆるTier Nサプライヤーにおける人権リスクの特定と対応は、最前線で活動する実務家にとって依然として大きな課題です。サプライチェーンの奥深く、特に原材料の調達や労働集約的な工程において、深刻な人権侵害リスクが潜んでいる可能性が高いことは広く認識されています。しかし、その「見えない」部分にどのように光を当て、実効性のある対応を取るのか、そのアプローチは多様であり、容易な解はありません。

サプライチェーン人権DDにおける深度と幅のトレードオフ

実効的な人権DDは、サプライチェーン全体のリスクを評価し、優先順位をつけて対応することを求めます。ここで常に議論となるのが、「どこまでサプライチェーンを遡るべきか(深度)」と「どれだけ多くのサプライヤーをカバーすべきか(幅)」のバランスです。理論上はサプライチェーンの最上流まで遡り、全てのリスクを網羅することが理想ですが、現実的にはリソース、時間、情報アクセスの制約から不可能です。

特にTier Nサプライヤーについては、自社との直接的な関係がないため、情報収集のルートが限られ、サプライヤーとのエンゲージメントも困難を伴います。にもかかわらず、児童労働、強制労働、危険な労働環境、土地収奪といった深刻な人権リスクが、しばしばサプライチェーンのより深い層で発生しています。したがって、実効的な人権DDを行うためには、この「見えない」部分に対するアプローチを確立することが不可欠となります。

Tier Nサプライヤー特定の実践的課題

Tier Nサプライヤーを特定し、リスクを評価するプロセスは多岐にわたる課題に直面します。

効果的なTier N特定アプローチの模索

これらの課題に対し、最前線では様々なアプローチが試みられています。

  1. リスクベースアプローチの深化: サプライチェーン全体を網羅的に見るのではなく、特定の製品カテゴリー、原材料、地理的地域、または特定のサプライヤー特性に基づいて、人権リスクが高い可能性のある領域を特定し、重点的に調査を行います。業界リスクマップや、人権団体、研究機関、政府機関などが公表する地域・セクター別リスク情報が重要な出発点となります。
  2. 技術活用の拡大:
    • データ分析: 既存のサプライヤー情報、公開情報(ニュース、NGOレポート)、衛星画像、GIS(地理情報システム)などを組み合わせ、リスクシグナルを検出するデータ分析の活用が進んでいます。これにより、これまで見えなかったサプライヤーや地域のリスクを推測し、調査対象を絞り込むことが可能になります。
    • トレーサビリティ技術: ブロックチェーン技術やその他のトレーサビリティシステムを活用し、原材料の起源や製品の流通過程を追跡することで、サプライチェーンの可視性を高める試みも始まっています。
  3. 中間サプライヤーとの連携強化: 自社と直接契約しているTier 1サプライヤーに対し、彼らの下位サプライヤーに関する情報開示を契約上求める、または下位サプライヤーへの人権DD実施を支援・要求するといったアプローチがあります。Tier 1サプライヤーの能力構築も重要です。
  4. 業界横断的なイニシアティブへの参加: 特定の産業や原材料に共通するサプライチェーンの課題は多く、個社での対応には限界があります。業界団体やマルチステークホルダーイニシアティブに参加し、共同でサプライヤーリストの作成、リスク評価、能力開発プログラムを実施することは、リソースを効率化し、サプライヤーへの影響力を高める上で有効です。
  5. Nth-Party Questionnaire (NQC) の開発: 直接関係のないサプライヤーに対して、特定の質問票を通じて人権リスク情報を収集する手法です。質問票の設計や、回答の収集・検証方法に工夫が必要ですが、大規模なサプライヤーベースに対して情報収集を行うためのツールとなり得ます。

Tier Nサプライヤーへの実効的なエンゲージメント

Tier Nサプライヤーを特定した後のエンゲージメントもまた、独自の課題を伴います。直接的な契約関係がないため、改善要求や能力構築支援が困難です。

コンサルタントが直面する課題と「進歩」の兆し

経験豊富な人権・ビジネスコンサルタントの皆様は、これらのアプローチをクライアント企業に提案し、実行を支援する上で、以下のような課題に直面されるでしょう。

一方で、「進歩」の兆しも見られます。テクノロジーの進化により、以前は不可能だった広範なデータ収集・分析が可能になってきました。また、特定の業界や地域における共同イニシアティブが増加し、情報共有や共同対応のプラットフォームが整備されつつあります。さらに、学術研究においては、サプライチェーンにおける人権リスク伝播モデルや、リスク評価指標に関する新たな知見が生まれており、これらを現場の実践にどう結びつけるかが今後の鍵となります。

まとめ

サプライチェーンにおけるTier Nサプライヤーの人権リスク特定とエンゲージメントは、人権DDの実効性を左右する重要な課題です。「見えない」サプライヤーへのアプローチは困難を伴いますが、リスクベースアプローチの深化、技術の活用、中間サプライヤーとの連携強化、業界協働、そして多様なエンゲージメント手法を組み合わせることで、その可視性を高め、実効的な対応へと繋げることが可能です。

最前線でこの課題に取り組むコンサルタントや実務家の皆様には、常に新しい情報、技術、アプローチに目を向け、複雑なサプライチェーンの構造とリスクを深く理解し、クライアント企業の特性とリソースに応じた最適な戦略を提案・実行していくことが求められます。この分野における知識・経験の共有と継続的な模索こそが、サプライチェーン全体での人権尊重の実現に向けた「進歩」を加速させていく原動力となるでしょう。